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年回りとは言え・・・ [日々、あれこれ]

1月も7日を過ぎると、
     年賀状も殆ど届かなくなってきますが、
逆に、
  これまでに伺ったブログの中でも、
    同じような書き込みが多々見られ、
「年回りとは言え ・ ・ ・」
  なぁーんてコメントを書かせてもらっていたら ・ ・ ・

ここにきて、
 我が家にも、知らずに年賀状を出してしまった
  昨年、急にお亡くなりになられた方のご家族から
 ご丁寧なお便りを頂くことが増え、
 
昔から、よかれと思い何気なく慣例として続けている
 年賀状への対応の難しさを感じ、
               戸惑いを感じています ・ ・ ・

もちろん、私のような年齢になると
 昔からよく言われるところの”年回り”とでも言うのか
  当然のことながら、
   こうしたことは増えて仕方のないことかもしれませんが
それでも、
 本当にお世話になった方や、極々親しくして頂いた方の、
   思いもよらぬ訃報には、
      居たたまれないものを感じずにはおられません ・ ・ ・

特に今年は、
 私が事故で障害を負った以降に出会い、
  今の取り組みを始める中で、
   いろんな形でご指導やご支援を頂いたお二方が ・ ・ ・

そのお一人に至っては、膵臓ガンで66歳という若さで!!
  生前のお人柄やご性格からして、
      さぞや、無念だったことだろうと、
                腹立たしささえ感じています ・ ・ ・

もうひと方は、享年89歳。
  脳梗塞で倒れられて以降、
    約10年の闘病生活を送られていましたが、
 昨年秋に連絡をとった時は、まだお元気で、
  ついつい、鹿児島にお住まいと言うこともあり
   お見舞いにお伺いをするのを留まったくらいでしたが
 今となると、余計にそのことが悔やまれてなりません ・ ・ ・

この方との出会いは、
 1991年に、米セントルイスで開かれた日米障害者会議に
    共に、代表として参加の機会をもらい出かけた時でした。
もちろん、
 この方は当時、既に日本の障害者の為に
  第一線でご尽力を頂いていたくらいの大先輩でしたが
    帰国後も、折に触れ気にかけご指導を頂いてきましたが

何より、
 私の中には、
  この方の、戦争を通しての生き様!! に共感? 
    惚れ! 
   自分も、そんな心がもてたら・・・と、尊敬し
      師と仰いできた中のお一人でもあります ・ ・ ・

             
             
             

「俺は、君のためにこそ死ににいく」.jpg


唐突ですが、
 この映画をご存じ方も多いかと思います(私も観ました)が

そうです、
 この方は、青春時代を戦争の中で、
  しかも
   まさに、映画のテーマにもなっています
”特攻隊”
  それも、何人もの仲間が次々と若い命を国に捧げ
    戦死/特攻していく中で、
      幸か不幸か?生き残ってしまわれ ・ ・ ・

 
私たちの想像のつかないくらいの葛藤の末だと思うのですが

元々愛知県のご出身なのに、
  出来る限り亡くなっていった仲間の近くにいて
   仲間の冥福を ・ ・ ・と言うことから鹿児島に住み着き
 その後、ご自身も戦争による障害に悩まされる中で
   学校を創設されたり、障害者のためにご奔走を ・ ・ ・

もちろん、私は戦争を全く知らない世代です。
 だから、
  この方の本当のお気持ちを理解できないかもしれませんが
この方との出会いの中で
  私の心の中に伝わってきた
    熱いものだけは解るつもりですので 
 いつまでも大切にし、
  少しでも伝えていくことが出来たら ・ ・ ・と、思っています。

と同時に、
 昨年、ブログの中で知り合い、
  色々なことを学ばせていただいた【KUKURU】さんも含め
今は、
 ただ、
  心から 静かにご冥福をお祈りするのみです ・ ・ ・



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白めだか

遅くなりましたが
本年も宜しくお願い致します(*^_^*)
この不景気、日本もどうなることやら・・・と下ばかり見てもいられないので、
今年は、家族が健康で笑って過ごせる事に日々
感謝して生きていきたいと思います。
by 白めだか (2009-01-09 12:14) 

AI

ご訪問 ありがとうございます!
初めまして。
「戦争」か・・・。最近TVで戦争の番組を6歳の息子と観て
息子に色々と話をして聞かせたものの
実際に戦争を経験していない私は
幼い頃に もっと祖父の話を聞いておけばよかったなぁと
しみじみ感じました。
祖父はわき腹にある 戦争での大きな傷を見せながら
たまに話を聞かせてくれたものです・・・。

あ・・・私事をベラベラと・・・失礼しました;

またよろしかったら かなりの不定期更新なブログですが
チラッと覗いてやってください♪
お邪魔しました。
by AI (2009-01-09 13:08) 

希美

特攻隊と言うのは、外国の方々が恐れていたと父から聞いた事があります。
そんな昔の日本を褒め称えているのは北朝鮮やイラク・イランなどの国々とも聞いたことが・・・。
軍人の鏡とか・・・って・・・。

何とも辛いことです。
by 希美 (2009-01-09 13:42) 

nikkin

特攻隊を作った国のやり方に賛同は出来ませんが、勇んで散っていった兵士たちは、純粋で、熱血漢で、愛国心の強い人たちだったに違いありません。
私は彼らを褒め称えたいです。
by nikkin (2009-01-09 13:55) 

okin-02

巷では、村山語録が何かと世間を騒がす時勢ですが、
神を信じ、天皇を信じて死んでいった純粋な若人達の
心意気を今の日本人は、どう考えてるのでしょうね。
もっと諸外国に舐められないような、強い国であるべきだとは思わないのでしょうか、今の政治家や国民は。
by okin-02 (2009-01-09 14:21) 

ピーチャマ

私も鹿児島出身なので特攻隊の記念館にいきました
特攻隊の方々の手紙を読むと涙がとまりませんでした
10代20代の若い人ばかり

生き残ったとは言え仲間の冥福を祈りいろいろ活躍されたのですね
こういう人たちの支えで今の私達の生活がなりたって来てのだと思います
by ピーチャマ (2009-01-09 14:25) 

norihiro

私は戦争を知らない人間ですが
修学旅行で長崎を訪れた時に、原爆での
写真を見たときに、あまりのむごさに
言葉を詰まらせた記憶があります。
こうして平和に戦争のない時代に生まれたことを
ありがたく思いました。
by norihiro (2009-01-09 14:49) 

かもみーる

小さい頃から祖父から戦争の話をよく聞いていました。
その話は生々しく、強烈でしたが、それが戦争の真実。
戦争で祖父は生き残りましたが、なくなった方が数え切れないいらっしゃる。そのことを今のわたしたちの世代は忘れてはいけないと思います。そしてさらに次に生まれてくるものたちにどうやって受け継ぐか、考えさせられます。
by かもみーる (2009-01-09 15:04) 

甘党大王

どんな理由があっても戦場に子供を出すのは嫌です。
そんな国に成らない様、過去を学び未来を考える事の出来る親に成りたいです。
そして、子供達にもそう成って欲しいと願っています。
マインドコントロールされていたという人々もいますが
多くの若者や親たちは言うに言え無かった悲しみが
イッパイイッパイあったと思います。
年賀状の季節(^.^)沢山考えさせられる事があります。
by 甘党大王 (2009-01-09 15:13) 

みっきぃ

御無沙汰しております。
昨年わたくし共の大お婆ちゃんも亡くなり
あらためて先人の偉大な知識と行動力に驚いています。
五体満足で病気もしていないのだから
人様の為に存分に使っていこう!
今年はそう決心しております^-^

今年も御指南の程宜しくお願いします(#^.^#)
by みっきぃ (2009-01-09 16:02) 

みちる

感慨深い記事でした
ご冥福をお祈りいたしますのナイスを
送らせていただきます。
私の父は
46才で他界しました
私はもうすぐ
その年齢に到達します
父を見送ってから
自分が父の出来なかったこと
したかったであろうけとには
積極的に生きてきました
自分の力で可能なことは
出来る限りあきらめないで
体験して大事に
時間を過ごすようになった気がします。

そうやって生きることが
残った人間の役目かなと
思っています
by みちる (2009-01-09 17:03) 

斗夢

心のつながる出会いをたくさんお持ちですね。
うらやましい限りです。
by 斗夢 (2009-01-09 17:50) 

SilverMac

私は終戦時は中学校一年でしたから、戦争中のことも記憶にあります。特攻隊員が若い命を散らしたのはまことに残念ですが、その想いには共感するところがあります。私は喪中はがきが終わる時期、12月20日以降に年賀状を書きます。
by SilverMac (2009-01-09 17:58) 

Yuki

私も戦争を知らない世代ですが、こういうお話を聞くと
今の平和を感謝する次第です。
鹿児島に移り住まれたお知り合いの方のご冥福を
お祈り申し上げます。
by Yuki (2009-01-09 18:31) 

スー

世の中には、立派な方が大勢いっらしゃるものですね。
そういう方に限って、ひっそりと。
でも、そういう方々が世の中を支えてくださっているようで、
感謝、感謝です。
by スー (2009-01-09 19:31) 

marilyn

こんばんは。 たくさんの人たちの犠牲の上に今の平和な日本の暮らしがあるんだとつくづく思います。
日々、大切に暮らさなくては…と思いますね。
by marilyn (2009-01-09 20:29) 

さっちゃん

nice&コメントありがとうございます。
この映画はすぐ観ました。
富屋旅館の女将の部屋ブログも拝見しています。
最近は更新がないようですが…
by さっちゃん (2009-01-09 20:31) 

oko

年末に後数日でお正月という時期に
なって喪中ハガキをいただきました。
今頃?と思ったら亡くなったのが22日
とかだったのです。私の年賀は投函した
後でしたが・・・・
色々な事があるものです・・・・
by oko (2009-01-09 21:12) 

Qoo

ご訪問ありがとうございます
戦争、いつになったら無くなるのでしょうね
せめて我が日本は繰り返して欲しくないですね
私の父も脳梗塞で右半身不随になり11年の闘病の末に逝きました


by Qoo (2009-01-09 21:16) 

ララアント

miopapaさんのような経験を 去年しました。
こちらの年賀状で 付き合いがあることを知った
お嬢さんから 丁寧な寒中見舞いが届き 
戸惑った事を思い出しました。
そういうのって 辛いですよね。
私は 18年生まれ 疎開先で 父親が他界し
大人になる頃 友人のお父さんやおじいちゃんから
戦争中の話をむさぼるように聞いていました。
(父親をどこかで探していたように思います)
by ララアント (2009-01-09 22:48) 

aya

映画見ました。 若くして死を目前に・・どんなに考えても
私には分かりません、しかし信じて飛んでいくんですね。
とても切ないことです。戦争はダメです、絶対に・・・
年賀状は気もちですね(^^)v
by aya (2009-01-09 23:18) 

みわ

昨年暮、知覧平和祈念館に行ったばかりですし
この映画もDVDで家に帰って見ました。
確かTVで、島浜トメさんの特集だったかが
あった時に愛知県出身の方が出て居たような
気がするのですが
もしかしたら、その方でしょうか?
うろ覚えなので、違っていたら、ごめんなさい。
息子と同じような年頃の子供が特攻に行ったと
思うと複雑な気持ちです。

by みわ (2009-01-09 23:37) 

SUMAKO

戦争という悲劇があり、その後、日本は大きく経済成長して国が豊かになりました。
今を生きる人々は、また違った意味での厳しい世界で、心を病みながら生きているのではないでしょうか。
いつの時代も、生まれてきて良かった、生きていて良かったと思い、人としての存在に感謝できる社会であってほしいと心から願います。
世界の平和を祈ります。

亡くなった方々のご冥福を、心よりお祈りいたします。

by SUMAKO (2009-01-10 00:08) 

さえとあすみ

世に名を知られない方の中に
こうしてご尽力されておられる方がどれだけいらっしゃるのでしょうね。
頭が下がります。
by さえとあすみ (2009-01-10 00:45) 

m-grace

世の中知らないことがたくさんありますね。
ホント幸せな時代い生きてるんですよね。。。
夏にTVでやっていた『なでしこ隊』の中でも
幸運なのか不運なのか特攻隊から戻ってきた方のことが
描かれてました。
最期の時まで鹿児島にいらっしゃったのですね。。。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます
by m-grace (2009-01-10 10:34) 

ラブ

これからどんどんそういう経験が増えていくと思うと、ちょっと暗い気持ちになります。
お正月は、それぞれの人生を考えるよい機会かも。
by ラブ (2009-01-10 11:21) 

k-sakamama

スロ~ペースですみません。
鹿児島にいるときは、知覧、
沖縄にいるときは、ひめゆりの記念館にいきましたが、
涙なしではおれません。
本もいっぱい読みました。
今の平和を大事に」しなくてはいけませんね。
繰り返すことは絶対にしてないけません。
世界中で戦争が無くなりますように!!
by k-sakamama (2009-01-10 12:29) 

ゆきトトロ

心が熱くなるような思いで読みました。
miopapaさんが、こうして、お話し下さることで
その方はまだ生きています!
心よりご冥福をお祈りします

by ゆきトトロ (2009-01-10 12:49) 

yakko

miopapaさんの思いはお二人に通じていると思います。
毎年喪中のハガキを戴くと寂しくなりますね。
今でも世界中のどこかで戦争が絶えませんが
早く平和が訪れることを願ってやみません。
by yakko (2009-01-10 15:24) 

mimimomo

こんばんは^^
人の死を見送るのは辛いですが、人と言うのは生まれついたその日から、死に向って生きています。
だからこそ、一日一日を大切に生きて生きたいですね。
人との出会いもまさにその一つ。それだけに別れもまた辛いわけですよね。
miopapaさんの大事なご友人方のご冥福をお祈りいたします。
by mimimomo (2009-01-10 19:52) 

タケノコ

喪中の葉書、今年は私たち夫婦にも多くて、その相手の祖父母だけでなく、親というケースも目立ちました。
特攻で鹿児島と言えば、知覧。
開聞岳を眼下に飛びたっていく・・・・修学旅行時に訪れた地での話は印象に残っております。
by タケノコ (2009-01-10 22:47) 

笑いの使者

この時代に生きていられることに感謝です。
by 笑いの使者 (2009-01-11 03:34) 

PAPA

ご訪問有り難うございました^^今後も宜しくお願いいたします。私の母は鹿児島出身で特攻隊の出撃場所のすぐそばに住んでいたらしくその当時の様子は良く耳にしていましたが・・・自分の息子も特攻隊に行くような年齢になりました当時の親の気持ちを考えるととても胸が詰まる思いです。
不況の日本といいますが今の平和に感謝です!
by PAPA (2009-01-11 10:37) 

pumipon

年を重ねると
嬉しい出会いの数だけ辛い別れもあるのですねぇ。。
永久の別れはホントに悲しい。
その方の生き様や信条を折に触れ
世間に伝えてゆくことで
その方はmiopapaさんを通して生き続けられてるってことなんですよね。
このブログでもその方の存在を知った方は沢山居るわけで・・・私もその一人であるわけで・・・
miopapaさんが感じた熱い思いは伝わってますよ。

by pumipon (2009-01-11 14:36) 

向日葵

ほんと。
「そういう年」になっちゃったんですねぇぇぇ。。

お二方のご冥福を祈ります。
             合唱。。
by 向日葵 (2009-01-12 09:26) 

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